和尚のブログ

2021-9-12

9.11あれから20年経ちました

あのとき、何気なくNKHの9時のニュースを見てました。
子供たちは違う番組が見たいとかで、私一人、離れで見てたのです。
スイッチをつけると、すでに貿易センタービルの一つから煙が出ていました。
実況中継しているアナウンサーはセスナ機が誤って突っ込んだというような情報を伝えてました。
まだ、その時は何が起こっているのか、分からずに画面からは煙と炎に包まれたビルが流してました。
9:10頃、一機の旅客機がもう一つのビルに突っ込んだのを見ることになりました。

それを見ていたアナウンサーが叫びました。「これはテロです。」と。
私はすぐに、ニューヨークに住んでいる大菩薩禅堂にいた友だちに電話をしました。
彼も驚いていて、震えながら泣いていました。
彼の家は現場から10ブロック上にあるところでしたが、飛行機が突っ込んだとき、地響きがしたそうです。
すぐに、アップタウンにある、禅堂に避難しろと叫んで電話を切りました。
いろいろと解説をしているのをボーと聞きながら時間が経ちました。
現場近くまでカメラが入って、様子を伝えていたとき、ほぼ、飛行機が突っ込んで1時間くらい経ったとき、いきなり、一つ目のビルが崩壊したのです。
崩壊するビルトとともに紙切れや机、椅子とそして多くの人が舞っているのが映し出されました。
その時、次男坊が「お父さん何見てるの」といいながら、人が落ちていく様子を見て、「人も飛べるんだ」なんていったものですから怒って「違う、落とされたんだ。みんな死んじゃうんだぞ」といったら、「助けなきゃ」と言われて、言葉を失いました。
私はそのままテレビから離れることができませんでしたが、子供は床に向かいました。

そうこうしていると、先ほど電話をした彼から電話があり、歩いて禅堂に行ったとここと。禅堂には多くの人がいたそうです。

一つ目のビルが崩壊して30分も経たない頃、もう一つのビルも崩壊しました。

それから後、大菩薩禅堂のメンバーで何人かの人が犠牲になったことを聞きました。

5年後、私は家族で大菩薩禅堂に行事に参加するため、ニューヨークに行きました。その時に、みんなでお参りに行きました。
私が知っている、貿易センタービルはもちろんなく、多くに人が祈りを捧げてました。

アメリカはそれから、テロとの戦いという名目でイラク・アフガニスタンを攻めに行きました。
そして、この前アフガニスタンから手を引いた途端、タリバンに占領されてもとに戻った。

憎しみは憎しみを生むだけと分かっていても復讐という正義を振りかざして、戦争をするのです。

日本は戦後76年間戦争をせずにすみました。

でも、今でも戦争をしている国はあることは事実です。
いつ誰かが自分の命を狙っているか緊張しなくていいの場所に今います。

今は!!


この写真は3年前に嶋野老師の遺骨を大菩薩禅堂に持って行ったときのニューヨーク市内の写真です。昔はあの奥に貿易センタービルが建っていました。

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