和尚のブログ

2014-3-1

世の中は何で不合理なの?!

ある方のお話しをします。

そのおうちは、昨年は旦那さんを、一昨年は息子さんを亡くされました。今は、おうちに一人で暮らされています。毎日夕方、お仏壇にある息子さんと旦那さんの位牌にお酒を供えて、「今日も一日終わったわ。」と言って、まず、旦那さんに供えたお酒をおもむろに飲んで、次に、息子さんに供えたお酒を飲みながら、「何で私を残して先に行ったの。」と愚痴ってしまうそうです。

もし、息子さんが生きていたら、結婚をして、子どもを授かっていたかもしれないとか、考えてしまうそうです。

息子さんと同じ年頃の人を見ると、辛くなるそうです。もし生きていたら、こんな年で頃になっているのだろうと。

そして、その方は、こうおっしゃいました。「今は、念仏を唱えてもこの心は癒されない。」と。

私は、あえて否定しませんでした。今の彼女にはこの現実を受け入れることが出来ないのだと。そっと、寄り添うことしかできないのだと。

仏法とは、説くだけではなく、そっと寄り添うこともときとして必要です。学ぶだけではなく、感じるものが仏法です。

今年も3月3日が近づいてきました。息子の4回目の命日が。生きていたら、高校一年生です。

世の中には、彼女のように、私のように、最愛の子どもを亡くした人々がたくさんおられます。

この定めをいつかは受け入れてください。それは、仏さんになられたお子さんを受け入れることになるからです。それがまた、仏さんの意志です。(私もことことは言いたくはなかったのですが、でも、この事実を受け入れていただくにはこう言うしかありませんでしたから)

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