和尚のブログ

2013-8-19

「やさいしい愛の手のひらで、今日もわたしは歌おう。何も知らずに生きてきた、わたしはもう迷わない。」(アメイジング・グレイ)

今月もアメイジング・グレイスの一説を取り上げました。アメイジング・グレイスは:すばらしき恩寵ーおんちょうと訳し、おんちょうは神の恵みという意味です。、ジョン・ニュートン (John Newton)が作詞した賛美歌です。彼は、奴隷商人の子どもとして生まれ、彼もまた父の跡を継いで黒人を捕まえて商売をしていました。22歳の時に彼の乗る舟が嵐に遭い、遭難しかけたのですが、母は深い信仰を持つクリチャンでしたので、その影響から、その時、彼は必死に神に祈りました。それが功を奏し、無事に舟は目的地に着きました。それを期に、彼の信仰を深めていきました。6年後廃業し、資産を教会に寄付をして、牧師になったそうです。そしてこの歌を作詞しました。又、後にこの曲名が映画にも成りました。
 神様に捧げる歌ではありますが、神様を仏様に変えても何の支障はありません。仏様の慈悲深い手のひらに抱かれて私達は生きています。しかし、その事に日頃気付くことはなかなかありません。
 聖寶寺に来るとき、檀家もなく、月参りもないこの寺を選びました。何故なら、お経を読むことにその重要性を感じていなかったからです。わけの分からない、お経を唱えても、理解されないだろうし、と思いこんでいました。
 そして、いろんな事をしてきました。もみじ祭りなどのイベントに力を入れて、坐禅会をしたら人は来るだろうと思いこんでいました。ところが、ことごとく空振りに終わりました。そして、寺に訪れる人は減り、経済的に苦しくなり、家族は苦悩の渦に入り、子供を失い。そんな時、聖寶寺再建に力を貸してくださる人たちが現れ、動物供養や人形供養を始めました。また、動物供養をする葬儀社さんと御縁を頂き、ペットを失って悲しみに暮れる人たちの前にお経を唱えることが増えてきました。
 今まで、お経を軽視してきましたが、ペットを失って悲しみに打ちひしがれている人たちに出来ることは、心を込めてペットの魂と家族に人たちに祈ることでした。
 祈りを捧げていると仏様の存在を身を以て感じ、仏様の手のひらに抱かれて生かせていただいていることを感じました。そして今するべき事が見えました。祈ることです。どうぞ貴方も迷わないでください。ひたすら祈ることをすれば、必ず救われます。

「やさいしい愛の手のひらで、今日もわたしは歌おう。何も知らずに生きてきた、わたしはもう迷わない。」

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